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FRSレポート⑤汚染の流れ こうして汚染は広がった! 2011年3月14~15日

2019年08月23日|REPORT

東京電力が公開した資料によると、
大気中に放出された放射性物質の量が最も多かったのは3月15日であり、
前日の14日の21時頃、並びに15日の0時頃に
福島第一原子力発電所2号機の大気ベント弁が開放されたことが記してあります。
 
以下の図は、この時間帯の大気の流れの解析結果です。
 

 
14~15日の状況について、
左は福島県いわき市と福島市の空間線量率の推移、
右は大気の動きを示したものです。
 
これを見ると、放射性プルームは地表面近くをゆっくりと南下し、
午前中には関東地区に到達していることがわかります。
 
左の2つのモニタリングデータは、
ほぼこの時間帯に放射性プルームが2地点を通過したことを裏付けています。
 
放射性プルームの放射能の大半は放射性ヨウ素というガス状の物質です。
セシウムはその10分の1程度です。
 
ガス状ですから、風が入るところには自由に入り込みます。
なんと茨城県の農業用ハウス内のほうれん草の汚染が発見され、
メディア等でクローズアップされたこともありました。
 
 
当日の風向きは時間の経過とともに、北風から東風、さらには南風と大きく変化しました。
 
その結果、関東地区に滞留した放射性プルームは、
午後になって内陸側の栃木県、並びに福島県中通り地方に押し流されました。
この時、福島県の中通り地方(白河、郡山、二本松、福島)では、
折しも降り出した雨が1000m上空にあった放射性物質を取り込んで地表面に降下し、
線量率の上昇をもたらしました。
 
チェルノブイリでの事故も同様ですが、放射性物質を含んだ降雨によって地表面を汚染し、
長期間の放射能汚染をもたらし、その後の生活に大きな影響を及ぼすことになります。
 
同じ福島県でも、福島第一原発に近いいわき市は、
放射性プルームが通過して一時的に放射線量が上昇しましたが、
プルーム通過後は低い値に戻っています。
幸運にもプルームが来たタイミングで雨が降らず、
放射性物質が地上に降り注がずに通過していったのです。
 

 
一方、2号機のドライウェル(原子炉格納容器の圧力抑制プール以外の部分)内の
圧力が一気に低下し、
放射性物質が放出されたと考えられる午前10時~12時には、
放射性プルームは南西から西方向に流れました。
 
後に、NHKの放送では、この時3号機の大気ベントで、
配管内に残留していた高濃度汚染水がスタック(排気筒)から放出されたと報じています。
この時の風は地表面付近の流れのため、
地形に大きく依存し谷風となって北西方向、浪江、飯館村に達しました。
中通りと同様に雨または雪により、
この地域の山林、農地、集落に深刻な汚染をもたらしたと考えられます。
 
関東地区や岩手県に見られる比較的放射線量率が高い地域は、
主にその後3月20日並びに21日の降雨の際もたらされた汚染です。
 
ここまで事故以降の放射性物質の広がりを説明してきました。
その当時、どのようにして汚染が拡大していったのかを
少しでもお分かりいただけたかと思います。
 
つまり、
「すべては風向き1つでどのようにも汚染が広がる可能性があった」
ということです。
 
あまり考えたくはないですが、
今後、放射性物質が同じような爆発で空を舞うようなことが起こった場合、
まずは風向きを確認して行動の判断材料にする必要がありそうですね。

 

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①あなたの身近な放射線。放射線量ってなに?
②あなたの身近な放射線。
③汚染の流れ こうして汚染は広がった! 2011年3月12日
④汚染の流れ こうして汚染は広がった! 2011年3月13〜14日
⑤汚染の流れ こうして汚染は広がった! 2011年3月15日
⑥汚染はこの後どうなるの?
⑦〇〇が守った!なぜ福島の農作物から、汚染が出ないのか?
⑧汚染の出る可能性がある注意したい食品について
⑨知っておきたい放射線のリスク 多量に浴びた時
⑩知っておきたい放射線のリスク 低線量の時の影響
⑪知っていますか 内部被ばくと外部被ばく
⑫放射線プルームが流れてきたら
⑬安全と言われても、安心はできないワケ
⑭リスクのトレードオフ
⑮日本酒の放射線防護効果

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